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”どこでもない”  街に降り立つ時
はじめて訪れたこの場所に、僕は暗澹とした気持ちで立ち尽くすはめとなった。賑やかな香港から列車で数時間、その賑やかさを残しながらも、もう少し見たことのないような場所に出会えるはずだという予想は裏切られ、僕は独り、静まり返った小さな街のなまぬるい宵闇の中に放り出されていた。ただでさえ埃っぽい道をタクシーが車体を軋ませ通り過ぎて行く。激しく咳き込んだ僕に、女が怒鳴った。
「何故、コンナ街ニ来タノカ! 此処ハ凄ク汚クテ、危険ナトコロ…」

このまま帰ってしまおうかという気持ちを抱きながら、ぐずぐずと数日が過ぎた。あてもなく歩き回り、同じ場所に何時間も立ち続けたりした。しかし、澱んでいるのか乾いているのか分からない空気を吸い続けているうちに、目の前を通り過ぎて行く人たちの体温を感じるようになった。と同時に安堵と興奮が訪れた。そのとき、僕はこの街を撮り始め、撮り続けるようになったのだった。ここでは、ふと、自分がどこにいるのか判然としなくなることがある。撮れば撮るほどその感覚は強くなる。自分が今、何をしているかさえもよく分からない空白の時間が訪れる。

”僕は、人と、物と、場所が営々と積み重なってきた、「どこでもない」街の深みに立っている。そこは、気怠さと心地よさの入り交じった奇妙な瞬間を僕にもたらす。そこには、人と人、人と場所、場所と歴史の交錯から現れる暖かい光、重い影の描くシーンがある。僕は、そんな「どこでもない」街にいて、光と影が同時に現われる瞬間を待っている。